花岡は社内のナンバーツー大林に、ニューヨークの出店が決まったら海外部門をまかせると言う。
独立を狙っていた大林は、突然の島流しの報告に動揺する。
そして、花岡に「子会社を作って独立させて欲しい」と言う。
しかし、花岡は「子会社は絶対に作らない。退職金として3000万円やるから、独立したいなら会社を辞めろ。持ってる株も売って資金にして、自分で新しい事業を起こせ」と突っぱねる。
そして、「俺はお前を信用しないし、誰も信用しない。だから、他人に自分が資本を出した会社なんて任せたくない。俺の商売はすべて俺がやる。」と続ける。
この話を聞いた取締役の1人ヤエコは、「社長から信用されてないと知って、私たちはどうすればいいの?自分を信用してくれない経営者に人がついて行くと思うの?」と花岡に問いつめる。
花岡は次のように答える。
「お前を信じている」という言葉ほど信用できないものはない。
なぜなら、「信じている」という言葉は、裏側では「信じているが責任は取らない」と言っていることと同じだから。
「お前を100%信じている」は、責任を相手に丸投げしているのと一緒。
もし失敗が起きた時に、「信じてきっていた自分には責任がない」と言い逃れの準備をしているようなもの。
世の中、「信用」という言葉を隠れ蓑にして、みんな責任放棄しているやるばかり。
政府を信用したから・・・
銀行を信用したから・・・
みんなが信用できると言うから信用した・・・
ただ、信じていた。自分に責任はない。自分は何も悪くない。
こんなやつが経営者だったら、社員の失敗は受け止められない。
従業員がミスを犯すのは当たり前。挑戦すれば失敗はつきもの。
俺は誰も信用しないが、その代わり、責任はしっかり取る。
それに、「信じる」なんて口先だけならいくらでも誰でも言える。
【起業を目指す24歳サラリーマンの感想】
信じることは誰でもできますが、責任をとることは誰にもできません。
「信じる」=「責任を丸投げ」という側面は確かにありますね。















