近所で一番、この街で一番、地域で一番が商売の鉄則

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株主総会で大株主から中国進出反対の意見が出た。

中国進出反対の理由は以下の4つ。

(1)花岡の会社はTシャツのみの単品商売のため、商品構成から店舗の立ち上げまでが容易であり、簡単に真似されやすい。

(2)地元資本に参入され、駆逐されるリスクがある。戦いは泥沼化し、長期に渡る消耗戦には耐えられない。いま撤退するなら、傷は浅くて済む。

(3)中国に進出する前に、北米とヨーロッパで成功させて、圧倒的なブランド力を築いてから中国に進出すべきだった。

(4)世界的なブランドとして認知させて、容易な模倣を阻止する戦略をとるべきだった。

そして、外資系ファンドもこの大株主の意見に乗り、中国撤退を要求する。

これに対し、花岡は「中国撤退は受け入れられない」と言い、その理由を次のように説明する。

海外進出は中国という近場から攻める理由は、「近所で一番」が商売の鉄則だから。

商売はまず身近なライバルに勝つために切磋琢磨し、勝ち続けてシェアを獲得するのが基本原則。

高度成長期は現在のように、近場に市場がなかったから北米やヨーロッパへ進出せざるを得なかった。

当時なら、我が社もその道を選択した。

しかし、現在は近場のアジアに巨大なマーケットが存在している。

時代は変わった。

すぐ近所に購買層が急拡大しているのに、ここで稼がずに、なぜ北米やヨーロッパなのか?

目の前に巨大なマーケットという宝の山があるのに、資源を分散させるのはまさに愚の骨頂。

目の前の宝の山・中国に集中投下して、市場で確固たる地位を築けば、体質強化につながり、次の展望も開ける。

「近所で一番」「この街で一番」「地域で一番」が商売の鉄則であり、原理原則。

我々は先人達の知恵と経験の教えを大切に守り、実践継承することが商人の務めと固く信じている。

【起業を目指す24歳サラリーマンの感想】

調べてみたのですが、日本の高度経済成長は1955年から1973年までの18年間のようですね。

第二次世界大戦で敗北した日本は、1950年代の朝鮮戦争特需によって1955年頃には戦前の水準まで回復。

その後、1960年代の東京オリンピック開催やベトナム戦争、1970年の大阪万博による特需があり、1968年には国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で第2位になるまで成長。

しかし、1973年の第4次中東戦争をきっかけに、原油価格が上昇しオイルショックに陥ったことで高度経済成長は終わったとされているようです。